天の時・地の利・そして人の和
今は今日の朝4半。眠ろうとしてもどうしても寝付けないまま、気がつくとこんな時間になってしまっていた。遠絡療法の創業は2002年3月15日のことだった。その日は私が上海から日本に戻り、阿佐ヶ谷の柯尚志医師のアパートに行って仕事を開始した日だ。その日から今日まで、ただただがむしゃらに創業の道を突き進み、そして様々に思い悩みながらも、無上の喜びと胆を味わってきた。心ならずも自分の意思を曲げたことも、反対に我を通し続けたことも一度や二度のことではない。
今日の遠絡療法はかつての遠絡療法ではない。その意味には二通りある。いい意味での変化と、そして残念な意味での変化という意味あいもそこには含まれている。創業期から約7年。日本での新たな創業の日々は今にして思えば「夢のように」足早に過ぎていった。そして、多くの素晴らしい仲間たちの好意に満ちた協力があったからこそ今日まで生ていくことができた。
私は今、遠絡療法は創業以来「最大の曲がり角」に来ていると感じている。そして事業戦略に予期しなかった過ちがあったのではなかろうかと自責の念に駆られている。それは見込み違いという側面と、知らないところで徐々にかつ巧妙に侵食を始めたものとがある。
私がどうにも寝付かれない理由がここにある。その根源をたどれば、それは強引な創業にあったのかも知れないのだが、しかしその「理念」は断じて間違ってはいなかった。私たちの最大の利点は「人の和」にあった。困った時にこそ助け合い、信じあい、真剣に意見を交換しあってきたからこそ「人の和」だ。今、一番大切な「人の和」が次第に崩れつつあるように思えてならない。また私にはそれが残念でならない。その思いはまた自分の非力を嘆くことへと繋がってくるから実にやっかいだ。
私自身がいかに犠牲になろうと、本来のあるべき姿に戻すべきか。今はおとなしく様子を見守っていればやがて良くなるのか‥深い迷いを感じる。遠絡療法は既に「一人歩き」を始めた。成人式を迎える時期の若者はよちよち歩きの子供だった頃を忘れやすいものだ。過去を知ろうとしないものが、今の姿から未来を設計し行動することは実に危うく、それは脆弱で常に予断を赦さない。
遠絡は断じてビジネスではない。組織でも機能でもシステムでもない。光と喜びに満たされた「人の和」こそが原点なのだ。仕事は組織がするものではない。最小単位の「人」こそが仕事をする本質だ。人と人の感謝と感動の心の総和が周囲の人を惹きつけ、やがて自然に事業の発展に結びついていくのだ。
困ったことにこうして書きなぐっている内に何かと悔しさが込み上げてくる。やはり「夜に日誌を書いてはならない」というのは本当のようだ。‥タワゴトと言われそうだからもう書くのは止めよう。
■窓開けて 夜空見つめて 富士拝み